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会社員

日本で働いた10年分の仕事を要約してみた

日本で働いていた時は死ぬほど仕事をしていました

インドネシアに来るまでは、日本で同じ会社で10年近く働いていました。10年も働くと良い思い出も、悪い思い出も全て含めて、自分の人生の強烈な一部になっています。

私
1つの組織に10年近く所属するって、小(6年)・中(3年)・高(3年)・大学(4年)を通しても、一番長く所属していることになるんですよね。感慨深い。。。

いろいろと振り返るとほっこり懐かしい気持ちにもなれば、ものすごい不快な気持ちになることもあります。気持ちが振れる。

今日は自分のそんな感情をちょっと整理してみました。

ベンチャー企業はワンピース

わずか3名でスタートした創業期

少年ジャンプに連載している人気漫画のことですね。コツコツ仲間集めて、冒険をクリアしていくやつです。私が所属していた会社もまさにそんな感じでした。2008年の8月にわずか3名でスタートした会社の中に、私は少し遅れて2009年の1月に参画しました。

当時は新橋のレンタルオフィスで、窓なし8畳くらいの独房みたいな部屋だったのをよく覚えています。

新橋時代のオフィスイメージ当時の写真を持ってないのでイメージ画像を。さすがに畳ではなかったですけどね笑。

今でこそWEBマーケティングの各種サービスをお客様に提供していますが、当時はリーマンショック後にも関わらず、人材ビジネスを猪突猛進してました。

夢ばかり語っていた創業期

こんなタイトルを付けると社長に怒られそうですが、毎晩のように近くの居酒屋で将来の夢や目標を語っていました。

語っていたというと少し語弊があり、社長が語る夢や目標に、自分自身のそれを重ねてワクワクしながら聞いていたように思います。

足元の売上や利益は思い通りのスピードでは伸びていませんでしたが、見据える先はいつもはるか彼方でした。それはそれで、毎日本当に充実した日々を送っていました。

果敢に挑戦した新卒採用

2008年の8月に創業した後、2009年の1月に新卒採用を開始。創業半年も経っていない知名度ゼロの会社だったので、無謀といえば無謀な試みだったと思います。

せめてオフィスがイマ風のお洒落なオフィスであればまだしも、8畳くらいの窓なし独房スタイルだったので(ただし、夢と希望は満ちあふれていた)、正直どんな新卒が入りたいと思うんだろうと悩んでました。

新橋時代のオフィスイメージ繰り返しになりますが、ただのイメージです笑。

けど、不思議なもので、根拠はないけど自信にあふれる社長のそばにいると、不思議となんとかなるんじゃないかという気持ちになり、そして、結果としてなんとかなりました。

たった2名の新卒でしたが、本当に優秀な学生が採用できたのは嬉しかったです。

毎日が学園祭の会社人生

そこから先は、毎日が学園祭のような日々を送っていました。創業時に会社が掲げていた目標達成スピードには及ばなかったものの、確実に毎年売上を伸ばしていきました。

死ぬほど働いたけど、死にはしなかったし、何よりも楽しかったです。

生きている実感があったし、自分の人生の目標みたいなものも会社に重ね合わせたりして、会社の成長が自分の成長かのように嬉しかったのを覚えています。

  • 初めてのオフィスの引越しで、窓なし独房オフィスから溜池山王駅そばのオフィスに移転。シャバに出た気分でした(捕まったことはないけど)。
  • 初めての海外達成旅行。タイに全社員で旅行しました。死ぬほど飲んで、笑って、そして飲んだ。つまり、ほとんど飲んでしかない旅行。あと、女性だと思ったら、男性だった。
  • WEBマーケティング領域への参入。
  • 初めての中途採用。東日本大震災の日と面談日が重なり大変でしたが、ご縁があってその後入社となりました。かず元気かな。
  • 初めてのWEBメディアの開発。コーディングも着手してなく、WEB上に何もないのに「これから作ります。ぜひ枠を買ってください」とゼロPVで何件も受注。営業力すごい。
  • 2期生、3期生、4期生と順調に増えていく新卒社員。
  • 初めてのEC事業への参入。1,500万円の焼却炉を楽天で販売しようとして挫折。いや、売れないよね。
  • 2度目、3度目のオフィス移転。
  • 個性的な中途社員の入社。

などなど。なんか、思い出すと本当に楽しい毎日でした。社長は酒グセ悪くて、飲むと一定確率でめんどくさい感じになりましたが、それを介抱しながら、翌日何事もなかったようにゲラゲラ笑い合っているのも好きでした。

私
好きだと、なんでも許せる。

そんな感じでしたね。なので、いまだったら社会問題になりかねないくらい働いてましたけど、何も苦ではなかったし、自ら進んでやってました。

世紀末覇者ラオウの入社

風向きが少しずつ変わっていったのはここからですね。元光通のマネージャーで、ジャイアンのモチーフになったみたいな人が中途で入社しました。

私は彼のことが今でも嫌いです。

でも、フェアな視点で見て、彼が会社の成長にもたらした功績は大きかったと思います。1メンバーとして入社しましたが、次々と実績を残して、あっという間に会社のNo.2になりました。

彼は社長と二人三脚で会社をより大きな成長フェーズにのせて、その成長フェーズに必要な人材が居心地が良い会社に、人事制度も社風も創り変えていきました。

その結果、創業から彼が入社したタイミングで在籍していた社員は、私も含めて今はもうほとんど退職しています。ただ、現在はそれ以上の社員とアルバイトさんが在籍して、売上も伸ばしています。

会社の成長フェーズによって、求められる人材は異なる。これに尽きると思います。

長時間労働に疲弊する心と体

アドレナリンが出続けているうちは良いですが、それが切れ始めると、長時間労働に対して心と体が疲弊していきます。

私が会社を退職するときは、

  • コンテンツマーケティング(月間200社以上のコンテンツ管理)
  • オウンドメディア(月間5社のメディア運営)
  • WEBサイトやランディングページの制作ディレクション(月間15〜20案件)
  • SEO(全案件のキーワード管理と請求対応)
  • IT系雑務(社員のメルアド発行やサーバ管理やネット回線のトラブル対応など)

といった業務を全て1人で対応していました。自分でゴリゴリ手を動かしていました。WEB業界で働いていない人はあまりピンとこないかもしれないですが、控えめに言って致死量に値する業務量です。朝8時から深夜1時とか2時くらいまで働いて、それを土日祝日とお正月もずっとやっても終わらない量でした。

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全て完璧に対応するのは無理だったので、ミスも多かったですし、クオリティが低くてお客さんに怒られることもよくありました。社内のコンサルタントにも迷惑をかけました。

ただ、

私
どう頑張ってもこれを1人でやるのは無理です。

ちなみに、一番ダメージが大きかったのが、成果物のクオリティが低くてお客さんからガッカリされる時でした。これって、自分の心に蓄積していくんですよね。せっかく期待してサービスを買ってくれたのに、って。

でも、それを挽回するヒマもなく、次々と新しい案件が振られる状況は辛かったです。

会社とのコミュニケーション

創業期からいたということもあり、会社に対する愛情は他の人よりも強いつもりでした。なので、最初からインドネシアでの海外転職を目指していたわけではなく、社内で自分の今の環境を変える努力をしてみました。

前述の豪腕部長と話したり、社長と話したり、みぎーと話したり。あるいは、タイからの社員旅行から帰ってきた後、会社を無断欠席して心配させてみたり(完全な悪手。愚かなミスジャッジ)。

私
1週間くらいで復帰して、全社員の前で平謝りしました。ごめんなさい。

サシで話したり、飲んだり、悪手を打ったりしましたが、結論は何も変わりませんでした。ただ、何となく変わらなそうだなというのは途中から感じていて、次第に会社に対する愛情も薄れていきました。それは自分の日頃の言動に出ていたので、最後は割とあっさり退職を受理されました。

自責で振り返れば、経営陣にリソースを調整させるだけのロジックと熱意が足りなかったんだと思います。でも、その当時はそんな冷静には考えられませんでした。いまでも

私
ちょ、てか、業務量おかしかったですよね?

と不満を持ってます笑。

遠くインドネシアから振り返って

ビジネス人生の約80%をここで過ごしたということもあり、やっぱり今でも自分の思い出の大部分を占めたりします。

なので、やっぱり時々考えるんですよね。

私
あの時どう動いて、どうコミュニケーションを取るべきだったのか

と。

今はインドネシア人の奥さんがいて、海外フリーランスとして仕事もできていて、毎日充実した日々を送っています。なので、「あの頃に戻りたい」という感情はありません。最高の今を生きているので。

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ただ、やっぱ、良い退職の仕方ではなかったなと反省はしています。反省とは少し違う言葉な気もしますが。

海外にいるし、日本にも基本的には帰らないので、忘れてしまえばそれはそれでいいんだと思います。でも、やっぱり心にずっと引っ掛かってるんですよね。ふとした時に思い出します。

その時やっぱりネガティブな感情になることがほとんどです。「会社の印象は退職した時の気持ちで決まる」というのは本当にその通りです。

前半は「死ぬほど働いた(自ら)」ですが、後半は「死ぬほど働かされた」なので。

日本への一時帰国

8月の頭に新卒で入った会社の同期の結婚式があり、それに参加するために日本に一時帰国します。とは言っても、4日や5日程度ですが。

実はその際に、社長に時間をほしいとお願いして会うことになりました。

何かを解決したくて話をしたいわけではないんですが、上記のような後ろ向きな感情とは、これを機会におさらばできればなと。気持ちよくインドネシアに帰れればと願ってます。

いまは経営者と従業員という関係ではなく、先輩と後輩という関係なので率直な気持ちをぶつけてみようと思います。

そんな感じですかね。良い話になるといいな。

ABOUT ME
インドネシアの複業家
インドネシアの複業家
日本で10年、インドネシアでは2年、WEBマーケターとして働き、現在はPT.MDKの取締役としてジャカルタで仕事をしています。また、海外からフルリモートワークという形で、日本企業のWEBメディアの運営サポートや、リスティング広告の運用なども行い、複業しながら海外で仕事を楽しんでいます。奥さんはインドネシア人で、私もイスラム教に改宗。お気軽にご連絡下さい。
企業様・自治体様向け
訪日インドネシア人向けインバウンドマーケティング
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